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■マンション建て替え  耐震偽装マンションの建替えから学んだこと

 

ひょんなことから、耐震偽装マンションの建替えコーディネートをすることになった。お施主さんからは通常ウチでやっている商店街での権利調整やまちづくりの経験を活かせるのではないかとのご依頼でした。マンションを取り壊し、新しく建替えるという貴重な経験をここに記すことを、居住者さん達からも、是非とも文章にしてほしいと言われていたこともあり、遅ればせながら整理していこうと思います。とてもじゃないけど、業務を進めている間はいきさつを整理する時間もなく、気分にもならず、ほったらかしにしていましたが、そろそろ振り返ってもいいかな、と思い始めたのと、いよいよマンションの建替えが本格化してくるので、いったんまとめておくか、と思ったわけです。

これからの時代、偽装ではない、ごく普通のマンションが更新時期に来ますが、その参考になると思います。

 

ここでは、事件としての偽装問題には触れません。既に、司法の場である程度見解が示されていますし、私にとっては、そこを云々するのが専門ではないので。

 

マンションといえば、隣とのおつきあいもほとんどなく、そこが魅力だと感じて購入される場合が多いと思いますが、いざ、建替えようとすると、実はまったく逆で、同じ屋根の下に暮らすということが極めて重要な意味を持っていることに気づきます。それが、いやという程よくわかるのが、建替えです。

 

えっつ!偽装マンション!?

 

とある、タバコ部屋で一休みしていた時です。一緒に仕事をしていたEさんから、実は困ってるんだけど、と。事情を聞いてみるとどうやら、新聞テレビで話題になっていた姉歯のマンションに住んでいるということでした。その時は、自分がそれに関わることは全然考えておらず、それはお気の毒に、と思った程度でした。彼は、そのあと建替えに協力してくれる専門家(正確にはマンションの建替えを専門としているコンサルタントはいない)や業者を探したようですが、結局引き受けてくれた人がいなかったわけです。

数週間して、また同じタバコ部屋で、どうなったか聞いたら、なかなか見つからないので、業務としてやってくれないか、というオファーです。仕事でおつきあいのある方ですから、無碍にお断りもできす、その分野での実務経験があるわけでもないので、やんわりとお断りするつもりで、しばらく考えさせてください、と申しあげました。

 

お引き受けするか、しないか、しばらく考えました。まちづくり、コミュニティをデザインするという観点から業務をやっている者にとって、マンションはある意味、最小単位のまちづくりかもしれない。これができなくて、何がまちづくりなんだ、という思いが一つ。単に建て替えるということではなく、街並みを形成する主要な建物でもあり、また、住人が建替えに取り組むプロセスと、そのコミュニティをどうするのかという問題意識。それから建築基準法そのものの問題。なんでこういうことが起きてしまったのか。今回は、偽装マンションですが、偽装じゃないマンションの建替えは社会的な課題だということ。この仕事にはそういう意味が含まれていると思い、数日後、腹を決めて、お手伝いさせていただくことを決めました。

 

日本に鉄筋コンクリート造の集合住宅が建設されはじめたのは、昭和30頃からですが、それからおよそ50年が経過しました。その後、都市部での人口集中に併せて区分所有法による分譲マンションの供給が増加し、既に600万戸のストック、年間20万戸が供給されています。

まちの風景ですっかりお馴染みになった、マンションですが、たくさんの問題を抱えています。特に老朽化したマンションをどうすればいいか。これらは建築構造として新耐震基準を満たしているものはなく、大規模地震には構造強度が耐えられず、崩壊する危険性があります。建て替えたり、補強すれば良いわけですが、そう簡単にはできません。

 

ー建替えるための資金をどうするか(高齢者世帯が多い)

ー区分所有されているため、何をするにも所有者の合意が不可欠(権利調整がたいへん)

ー管理組合には専門知識がない(方法論がわからない)

 

マンションを補強したり、建て替えるにはこれらの課題を乗り越えていかねばなりません。ほとんどのマンションでは、どうすることもできず放置しているのが現状で、国内で建替えた物件は1万戸、マンション建替えの円滑化法で組合が事業主体となって建替えた物件はたった50件しかありません。600万戸のストックのうち建替の必要があるものは、1/10位でしょうか。時間の経過とともに加速度的に増えていくと思われます。しかし、補強や建替えの必要性は、社会問題にもなっているにもかかわらず、道筋が見えず、いっこうに更新することができないのが現状です。

 

はじめにやったこと

 

はじめの段階では、管理組合独自にいくつかの建設会社にあたっていたそうですが、こと、偽装マンションに関しては、ほぼ門前払いされたと聞いていました。当時、ホットな話題でしたし、数多くの難題が待ち受けていることは目に見えていましたから、業務として考えれば、デメリットの方が大きいと判断するのは理解できました。そんな中で、住民のみなさんはどうして良いかわからなくなっており、先行きに大きな不安を抱えていました。

 

私からすれば、保有水平耐力0.2というのは確かに危険だし、大地震での倒壊の危険があるとはいうものの、すぐに壊れるわけではないし、同じ水準の建物は世の中にたくさんあるので、あせっても仕方ないと考えていました。しかし、居住者の方々は、すでに行政から強制退去命令を受けていて、あわてて引っ越さざるを得なかった状況でした。多くの方は区役所とURがあっせんしてくれた、賃貸住宅に転居していました。

 

まず、はじめにやらなければいけなかったことは、事業のスキームを構築することでした。事業を遂行するためには、資金力があるメインになる事業者とパートナーを組むこと、マンションディベロッパーあるいはゼネコンへのコンタクトでした。水面下でいくつかの業者をあたり、某社との交渉を開始しました。その時点では、オフィシャルに話ができないので担当レベルで個人的に準備を進めていきました。概ねの資金計画をつくるために、概算であたりをつけていきます。この時点では、通常の等価交換と同じやり方を考えていて、総合設計制度で容積を割増し、増床部分を売却することで建設資金を調達するスキームを考えていました。自己負担額をできる限り少なくしなければなりません。なにせ偽装マンションにお住まいの方のほとんどは、まだローンを6年しか払っていなかったのですから。

 

なんといっても築6年ですから、見た目にはまだまだ新しく、この事件さえなければみなさん幸せに暮らしていけたはずです。マンションの居住者の年齢は、始めて住宅を購入した若い世帯から定年後をここで暮らそうと購入した高齢世帯まで、幅広い方々が住んでいました。購入の動機は、駅からそれほど遠くなく、比較的広い間取り、小規模であること、そして高級感のある物件だったからといいます。さっそく現場を見に行った私は、これのどこがダメなの、本当に解体の必要があるの?と思うほど普通の建物でした。本当に居住者の方は災難だなと思いました。

 

マンションを再生できるかどうかは、当たり前なのですが、所有者の収入が大きな制約になることは間違いありません。普通に考えると、解体するための費用に新築するための費用、諸経費がかかるのですから、当然です。従前のマンションより有利なのは土地の費用がかからないということですが、土地は共有になっていて、それほど広い面積ではなかったので費用面でのメリットはそれほど軽減されません。

再開発では、土地と建物それぞれの資産を評価して、それを新しい建物に変換する作業を行いますが、土地の持ち分割合が少なければ、(小さい敷地にたくさんの権利者がある場合)、一人の権利者の持ち分は小さくなります。湾岸エリアで供給されているものなど、1棟で何百人もの人が住んでいるわけですから、個々の土地含み資産はわずかなものになると思います。実際は、区分所有法のもとでは、建物と土地を切り離して権利を考えることはできず、取引上は一体のものになります。つまり土地だけを売るとか建物だけを売るとかはできないので、分離した考え方はできないのですが。

 

最初の収支計画では、追加のローンを限りなく少なくする方法として、容積を割増しすることを考えたわけです。それによってやや小さめの部屋を6戸分つくる計画でした。これを売却することで建設費を捻出しようとしました。従前の権利者さんの部屋は、前のままの面積を確保してほしいと言われていましたので、容積率いっぱいいっぱいに建てる計画としました。問題は、それを誰が買ってくれるかです。大手のディベロッパーをあたったりしましたが、はいわかりました、なんて引き受けてくれる会社はありませんでした。それは価格の問題だけではなく、ようするに転売リスクがとれないということです。もし売れなければ丸々損になりますから。

 

普通のマンションとちがい、既に入居者が決まっているし、偽装という良くないイメージがあるのでさらに条件は厳しくなります。そこでメジャーどころはあきらめて、リノベーション物件で最近活躍していた会社にあたったのです。マイナスイメージを上回る魅力が必要と考えて、当時売り出し始めだった、オール電化、間取りをフリープランとして、注文設計にするなどの、プラスアルファにしました。度重なる交渉の末、先方との基本交渉を終え、売却の覚え書きを交わすところまでこぎ着けました。

 

次は、ゼネコンです。建物を建てるには誰かに工事をお願いしなければいけません。大手は始めに断られていましたから、準大手を回りました、しかしなかなか乗って来る会社はありません。大学時代の多くの友人はゼネコン勤務なので彼らに相談したりもしましたが、彼らの一存では当然判断できません。ほとんどの会社さんは、この話は経営陣の判断がなければ回答できないといってきました。つまり役員会承認が必要だと。他の偽装物件では公募したりしていたようですが、最終的には、一本釣りしかないと私は考えていました。いくつかのゼネコンさんに声をかけつつ、準備をしていきます。ゼネコンさんが最も気にしていたのは、二重ローンになって、支払いができるのか?という心配でした。

 

そうなると、銀行との交渉が必要になってきます。銀行もいろいろと回りましたが、感触はゼネコンさんと同じ。ローンが組めたとしても、ちゃんと返済できるのか?大手の銀行さんはなど、前向きに検討します的な返事をくれたものの、そのまんま案件として放置されていて、数週間後電話したら、何の件でしたっけ?みたいな返事されたので、即却下!!打合せした時間はいったい何だったんだと頭にきたものです。他の銀行さんも似たりよったりで、もうだめだと思っていたので、ついにファイナンス系に話をしたら、3日で回答しますと。でも金利がやたらに高い。これでは無理と思って、さらに他の銀行に。そこの提案は、お貸しします、ただし従前のローンも全部その銀行に付け替えること、さらに権利者全員の連帯保証をとること、というすごく無理な条件を提示してきました。

 

ゼネコン、銀行はセットで組まないとだめだと考えあぐねて、この際ゼネコンから借りられないかなどとも考えました。当然断られましたが。小さいマンションとはいえ、運転資金に5億円ぐらいは必要だしこまり果てて、しばらく過ごしました。

 

建て替えのしくみ

 

ここで少し建替えのからくりを説明しておきます。

今回の建替えは、通称「円滑化法」{マン建て法」、正式には「マンションの建替えの円滑化等に関する関する法律」に沿って進めました。平成14年にできた仕組みですが、まだあまり使われていない状況です。中身は都市再開発法の子分のようなものになっています。駅前とかで多くみられるでっかい再開発は、大抵、第一種再開発で、権利変換方式でやっています。もともと権利者が持っている土地と建物の資産を、あたらしくつくる建物に等価で変換する方式です。いくつかの条件、たとえば広場をつくったり、セットバックしたり、公共空間に貢献することで、補助金がもらえる仕組みです。マンション円滑化法は、これをマンションにあてはめたもので、事業の各段階で、行政のチェックがあり、建替えをトラブルなく進められるようにしたものです。しかし、円滑化とはいいつつかなりの手間と時間がかかるものでもあります。

別に円滑化法を使わなくてもいいのですが、事業を確実に進め(途中でトラブルが起きても対処できるよう)、そして、情報を公開し公正に進めることが重要と考え、この仕組みを採用しました。

 

流れとしては、まず補強するのか、それとも建て替えるのか、どっちにするのか決める必要があります。お金的には、補強の方が安いのですが、その場合、壁のブレース(鉄骨のバッテン)をつけたり、フロアの一部で柱や梁を大きくしなければならないので、日当たりが悪くなったり、不動産価値としては不利になる場合が多い。どっちにするかで、全然違う建物になるので、とても重要な決断です。詳細なプランではありませんが、どっちにするのか判断できるような資料を作成して、権利者で決議してもらいます。4/5以上の賛成がとれれば、建替えが決定します。このマンションの場合は、全員が建替えに賛成しました。この決議がなかなかやっかいで、建替えできないというケースも多くあります。高齢世帯の場合など、建替えへの精神的な負担もあるし、いまのままでいいよ、という人も多い訳です。地震だって生きてる間に起きないかもしれないし・・・わざわざ辛い思いしなくても・・・一理あります。しかし、法律では、反対者がいたとしても多数の賛成があれば建て替えられる道をつくったのです。ここのハードルが高いんじゃないか、という議論もあって2/3でいいんじゃないか、という議論もあるようです。

いずれにしても、皆が意志決定しなければならないのです。

 

どんなマンションでも、最終的には痛んでくるので、長期修繕計画の中で、建替えも視野に入れた仕組みにしといた方がいいと感じます。修繕計画は、あくまで修繕なので、建替えは想定外ですし、お金も積んでませんから。まあ、無理な話ですが、新築マンションを購入するとき建替えのことをイメージする人は皆無でしょう。そんな積立を含めたら、毎月の支払いがやたら高いものになるので、マンションが売れないってことになります。

 

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ここまで書いたところで、東日本を巨大な地震が襲った。

幸いにも東京で被害を受けた建物は多くなかったが、東北地方は揺れと津波で町ごと大きな被害を受けた。死者は2万人近く、まだ捜索、安否の確認作業が続けられている。

 

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3月11日の大震災からもうすぐ7ヶ月。自分の廻りでも多くの人が現場に駆けつけています。まちづくりの考え方を根底から見直さなければならないと思う大惨事ですが、その前に目の前の課題、どう街を再生するのか、に対応しなければなりません。被災世帯が一日でも早く、仮設住宅から出られるようにしなければいけません。

先月、自治体職員で支援に派遣されていた人のつてで、仙台の方とお話することができ、また、一部ではありますが被災エリアを見て回ることができました。仙台市内は既にがれきもかなり整理されていましたが、場所によっては、まだ放置されているところもあって、復興に向けてはこれからが大変だという印象でした。

 

ここで紹介しているマンションの場合は人災というか犯罪ですが、現象として建て直す必要があるのは変わわりません。それも街ごと。その規模は圧倒的に違うのでその費用は途方もなく大きいものです。10年程度の増税が検討されていますが、元のコミュニティを取り戻すことが可能なのか、被災された人それぞれの事情のなかで、どのように未来が考えられるのか、ここにも膨大な調整が必要になってくると思われます。スピードが重要だと言われるが、たかだかマンション1棟を建て替えるのに4,5年かかった経験からすれば、復興特区として通常の手続きを短くしてもそれなりに時間がかかってしまうでしょう。

 

外国の事はよく知らないのですが、日本は天災を何度も受けてきました。江戸時代には火災にどう対処するのかがとても重要でしたし、大雨による河川の氾濫をどうするかも、重要なテーマでした。建築の分野では、東日本大震災以降、地震と火災、さらに津波にどう対処するか喫緊の課題となっています。

 

さて続きです。

円滑化法での建て替え決議を無事に終え、いよいよ本格的な計画に入ります。(続く)